PART2


・・ 結婚披露宴2・・

 レストラン側の用意不十分のために、招待客が揃っているのにもかかわらず、1時間も遅くなってしまいましたが、ようやく開始されました。

 進行役はレストランの人ですが、日本語通訳のために主人の友人がかりだされました。新郎新婦の入場の際に、ドライアイスを使用したり、前菜を運んでくるときに、派手な音楽とともに、整列したウエイター、ウエイトレスが各テーブルに火をともしたり・・と びっくりするようなアトラクションもありました。

 そして、見た目も美しく、美味しそうな海鮮中国料理が次々運ばれてきました。でも・・主役は挨拶のためにテーブルを回って写真撮影、合間には進行係によるイベント(ケーキカットやワインそそぎ)があり、落ち着いて席に座っている時間はなく、料理をほとんど口にすることができませんでした。

 また、本来は中間ごろに予定していたチャイナドレスへのお色直しが終了近くになったり、着替えもできなくなりそうになるほど あわただしい時間配分になってしまいました。

 私にとっては目の回るような忙しさの中、披露宴は終わりを迎えようとしました。
 ちょうど、主人の従姉妹の子供たち(幼稚園ちょっと前くらいの年の子から小学校低学年くらい)10人近くから私たちへの花束贈呈のとき、司会の日本語訳をつとめてくれた主人の友人が、「早生貴子」という言葉を知っているか私に聞いてきました。


 その言葉の意味は、「結婚して早く男の子が産まれますように」という、新郎新婦に対してよく使われる四字熟語だそうです。

 そこで早く子どもが欲しいか尋ねられ、「子どもなんて まだまだ先〜!」と、言った事をよく覚えています。 でも、すでにこの時、私のお腹の中には小さな命がいたなんて・・本人すらも知らないことでした。(その息子も今月で3歳を迎え、パワー全開の毎日・・)

 夜11時頃になり、途中で席を立って帰ってしまう人が増えてきていることに少々あせりを感じながらも、最後までしっかりやろうと、私から両親へスピーチし(司会をしてくれた友人に中国語への通訳入りで)、花束贈呈をしました。最後のほうは、流れ解散のようになってしまいましましたが、こうして披露宴は無事終了しました。



・・ 披露宴が終了して・・

 来客への見送りで、しばらくレストランの外にいましたが、招待客や私の両親、親戚、友人も滞在先のホテルへ帰っていったので、会場内へもどりました。お客様達が帰った後の会場は、かなりさびしいものがありましたが、そんな余韻にひたっている場合ではありませんでした。

 ふと気がつくと、1テーブル夫の親兄弟達が何かしていたのです。近づいて行ってみると、投票箱のようなご祝儀袋入れへ無造作に投げ込まれた中身を数えているのでした。誰がいくら入れたかもわからないまま、親、兄弟の手で数えられてしまっていて、お札がまとめて束になっていました。 これには、ちょっとびっくりして、私はあわててしまいました。

 「袋は全部あるよ。」と、弟は私に、これまた束になったご祝儀袋を渡してくれました。ほとんどが紅包(アンパオ)と呼ばれる赤い袋でしたが、中には白を基調とした日本風の袋があったので見つけやすかったし、袋に名前と金額が書いてあったので、少しほっとしました。ちなみに、主人の職場関係の人達は、紅包が多かったのですが、慣れているのでしょう、きちんと明記してありました。

 その日の夜は、生まれて初めてホテルのスィートルームへ宿泊しました。その広さにとても驚きました。部屋が2部屋あり、居間もあり、キッチンも・・・。でも、よくよく考えてみると、まるで長期滞在者用のサービスアパートかコンドミニアムのような感じもしました。残念ながら今のところ、スウィートルームと言われる所へ足を踏み入れたことは、一度しかないために、比べることができませんが。

 シンガポールに駐在している人の中には、まるでホテルのようなコンドミニアムに住んでいる人もいます。私たちはHDBといわれる政府の公共住宅に居住しているため、豪華な友人や知り合いの家を訪れるたびに、ついつい羨ましく感じてしまいますが、シンガポールの住宅事情は厳しく、コンドミニアムの家賃の値段を聞き、初めは耳を疑い、その高さに目が点になってしまいました。
 でも、シンガポールで何よりの贅沢な住まいは一軒屋。この土地の狭い国では、庭付きの一戸建てに住むことの価値観を改めて考えさせられました。


・・ 妊娠発覚・・

 早朝から真夜中まで、丸一日がかりだった結婚式と披露宴は無事に終了し、翌日、日本から来た両親や親戚達は帰っていきました。

 その直後、私もようやくほっとできて気が緩んだせいか、軽い風邪を引いたようで、鼻水がズルズル、体がかったるく微熱がありました。ところが、その後もずっと体調が良くなりませんでした。

 式の後、約2週間近くも体調不良と微熱が続いたので、「まさか・・もしかして・・妊娠かもしれない・・」という考えが、私の頭の中をよぎりました。

 「医者と言っても・・どこへいけばいいの?薬局へ行けば妊娠検査薬が売っているのかな?売っているなら、買って試してみてからのほうがいいのではないかなあ・・。」などと、思っていた矢先、夫も体調が悪く風邪を引いたようで、会社の昼休みに近くの診療所へ行くと言っていました。そこで「私も!」と、言って 昼休みに待ち合わせして、診療所へ行くことにしました。

 診療所の先生は、私がシンガポールへ来てすぐに健康診断してくれた女医さんで、顔見知りだったので、すこしホッとしました。そう・・永住権取得のために、政府へ提出した健康診断書(血液検査やレントゲンの結果)を作成してくれたのです。

 先生には、風邪ぎみで、微熱が続いていて、生理が遅れている・・などと、少し遠まわしな言い方をしたのですが、なんとなく察してくれたようで、尿検査するように薦められました。
 そして、手の甲くらいの楕円形型プラスチックを手渡されました。それの端には少し細めの鉛筆くらいの太さの穴が開いていて、真ん中には細長い空間があります。端の穴にスポイトで一滴尿をたらすと、すぐに真ん中の部分に1本線が現れました。2,3分たつと、今度は2本目の線が現れたのでした。
 
 それを先生に見せたら、なにやら
円盤のようなものをクルクル回しはじめて言いました。「現在5週目です。おめでとう、出産予定日は来年の6月10日です」。
 主人はもちろん私も驚きと信じられないという気持ちでいっぱいでした。それが、結婚式から約2週間後のことだったのです。


・・ 日本へ帰ろう・・

 突然、診療所の女医さんから妊娠5週目と言われ、私自身もまだ信じられないという気持ちのままでした。でも、 日本でやり残した手続きがあるために、一時帰国することにしました。
 夫は、「現在妊娠の初期の初期段階で、シンガポールへ戻ってくる時にはつわりがあるかもしれない。」と、飛行機に乗ることを反対していました。でも、「今を逃したら帰れない。」と思ったので、思い切って決断しました。

 航空券を買った数日後、運の悪いことに、本当に風邪を引いてしまいました。再度、診療所へ行ったら、妊娠初期でも胎児に影響のない薬を選んで、処方してくれました。とかく、妊娠初期は風邪に似た症状がでることが多いようです。休養と栄養をとり、安静にと言われましたが、数日後には日本へ行くことになっています・・・でも、お医者さんから、大丈夫でしょうと言われたので、キャンセルはしませんでした。

 というわけで、式からまだ1ヵ月もたっていなかったけれど、夫を残して日本へ帰ることになりました。私が、あまりにも早く里帰りすることに対して、両親にどう思われるか・・どんなタイミングで妊娠していることを言おうか・・そのことで、飛行機の中は頭がいっぱいでした。
 
 妊娠しているとは知らない母は、京成スカイライナーの終着駅でいつもと同じく私をあたたかく迎えてくれました。道すがら、母が、「来月60歳になるから、来年の3月で今の仕事を定年退職する。」と言いました。この時、今が言うチャンスだと思い、「孫のベビーシッターとしてシンガポールに数ヶ月滞在して欲しい」と言いました。

 きっと母はとても驚いたと思います。それでも、こころよく引き受けてくれました。
 私は初めてのことだし、日本へ帰って里帰り出産しようか、それともシンガポールで出産しようか少し迷っていました。でも、母が産後のお手伝いに、数ヶ月間滞在してくれそうなので、シンガポールで出産することに決めました。医療の面で、シンガポールは優れているということを聞いていたので、英語が苦手だったけれど、そんなに不安ではありませんでした。



・・ 日本の秋は寒かった・・

 母親が産後の手伝いにシンガポールへ数ヶ月滞在してくれることが決まり、私もシンガポールで出産する決意をしましたが、ひとつだけ不安がありました。

 それは、当時、母と同居していた祖母のことです。祖母は多少介護の必要性があり、1,2ヶ月も家を空けることができるかどうか心配でした。でも、家には父と妹がいて、母が数ヶ月家を空けても祖母のことは大丈夫・・という話になりました。

 現在、祖母はいません。初めて息子(祖母にとって初ひ孫)を連れて日本へ一時帰国したのはその一年半後でしたが、帰国の最中に他界しました。数日後に1歳になる息子のお誕生日のお祝いを計画していたところ、お葬式となってしまい、誕生日どころではありませんでした。
 結局この帰国時に祖母と過ごした時間は他界する前に会った最後から2番目となりました。

 日本は秋風が吹き、日を追うごとに肌寒く感じられるようになりました。寒がりの私は、家に閉じこもってばかりいました。

 それでも、役所に行ってやらなければいけない手続きがあったので、暖かい日の日中に足を運びました。住民課で海外移住の手続き、健康保険の支払い停止と当日分までの支払い。国民年金の支払い停止と当日分までの支払い。そして・・もらえるかどうかわからなかったけれど、母子手帳の交付の申請。最初は考えていた役所の人も、現在海外に住んでいて、そのお医者さんが妊娠を判定したと説明したら、交付してくれました。

 でも、せっかく入手できた日本の母子手帳は、シンガポールの産婦人科で記入してもらえず、手元には自分が少々記入した、日本ではなにも効力のない母子手帳が残りました。聞くところによると、英語の母子手帳があり、無料交付ではなく有料となってしまうけれど、それにならシンガポールのお医者さんが記入してくれるということです
 それを知ったのは、すでに20週目を過ぎた頃ということもあり、シンガポールの日系書店で販売しているという、その英文母子手帳の購入はしませんでした。



・・ 滞在中楽しかったこと・・

 妊婦だなんて思ってなかった母は、私の日本滞在期間にいろいろ楽しい計画を立てていてくれました。その一つは、オープンして間もない「東京ディズニーシー」へ行くことでした。 

 母は、仕事がらみで東京ディズニーシー内でのイベントに参加することになっていて、招待状を持っていたのです。

 というわけで、母と二人、秋の日の平日に出かけました。平日でも、休日でもかわらないくらい大勢の人がいました。久しぶりだったので、ディズニーランドの変化にとても驚きました。
 ディズニーシーはディズニーランドに隣接されていると聞きましたが、入場するところもまったく別。しかも、舞浜駅から一方通行のディズニーキャラクターがついたモノレールが通っていました。そして、そのモノレールに乗るところから、すでに行列が始まっていました。

 もうすでに4年も前の記憶なのでうろ覚えなのですが、門の付近に建物があり、そこはホテルのロビーで、天井には壁画があり、まるで、どこか西洋の建築物の中に入り込んだような感じでした。イタリアのゴンドラ船が通っているところは、写真でみたベネチアそのものの風景がくりひろげられていました。

 少々肌寒かった上に、体調も良好とはいえなかったので、ひたすら園内を歩くことだけに専念しました。現実と(現在のイタリアの町並み)過去と(古きよきアメリカ西部の風景)空想と(リトルマーメードがいるおとぎの国の世界)がブースごとに綺麗に仕上げられて、歩いて回るだけでも、十分に楽しむことができました。

 どのアトラクションも待ち時間が長いので、あまり並ぶ気持ちになれませんでしたが、一つだけ、園内の少しの距離を移動しようと、汽車に乗ることにしました。やはり、何分かならんだのですが、それだけしか乗らなかったで、私の記憶にもしっかり刻み込まれ、母と二人でディズニーなんて、後にも先にもない、懐かしい思い出となりました。



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メイナイの
シンガポールで育児
 
PART1
はじめに…
序章
結婚式までの1ヵ月
結婚式の数日前
 
結婚式の朝 
夫の家での結婚式
 
中華レストランでの披露宴

PART2
結婚披露宴 2
披露宴が終了して
妊娠発覚

日本へ帰ろう 
日本の秋は寒かった
滞在中楽しかったこと


PART3
8週目のできごと
8週目のできごと(続き)
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GPから紹介された産婦人科
シンガポールの大病院
初めての産婦人科検診

PART4
従兄弟紹介の産婦人科
産婦人科の隣 
妊婦のはまった南国フルーツ
妊娠初期の食べ物
シンガポールのクリスマス
妊娠16週目、血液検査の結果

PART5
シンガポールの大晦日
シンガポールでの元旦
1月2日、羊水検査
羊水検査の結果

旧正月直前のシンガポール
19週目、胎動を感じるようになる

PART6
両親がシンガポールに3日滞在
旧正月前のチャイナタウンとクラークキーの夜
羊水検査から6週間後の検診
チャイニーズニューイヤー
元旦と2日目


PART7
夫婦でシンガポールPRを取得
25週目、メールで知り合った妊婦友達と会う
フリーマーケット巡り
日本人の母親学級
32週目(9ヶ月目)検診で
妊婦最後の35週目

PART8
5月14日アルバニア病院へ入院
出産のための入院中
5月15日午前4時28分出産
全身麻酔による帝王切開
出産直後の1日
子供の名前

PART9
5月16日、産後1日目
授乳の量、ミルクの量と間隔
入院中
手術後の体
同室の人々
入院6日目に退院

PART10
ベビーブック
予防接種

退院と精算
日本の母の滞在
4ヵ月頃までのミルクの飲み
おむつの話

  
PART11
離乳食の話
寝返り、おすわり、つかまり立ち
赤ちゃんとの初海外旅行
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