PART7

・・夫婦でシンガポールPRを取得・・

 夫の旧正月連休が明けてから、1週間後くらいのことでした。昨年申請していたシンガポールのPR取得の認可が下りたという嬉しい通達がきました。そこで指定された日に夫婦でラベンダー(地名)にあるSIRビルへ行くことになりました。

 そこでは、写真を撮ったり、指紋をとられたり、いろいろな手続きがありました。とても混んでいて、順番待ちで何時間も待たされて、妊婦にはきつかったです。おまけに、冷房もきつく、長袖、ジャンバーなどを羽織っていないと、寒くてつらいくらいでした。それなのに、周りにいる人達は、平然とした顔で半そで姿だったり、中にはノースリーブ姿の人がいるのです。もちろん、長袖の人もいますが。

 検査の種類で少し、驚いたものがありました。それは、いきなり親指に針で穴をあけられ、その場で血液型検査されたことです。私も主人もB型。それを検査している係りの人は全員のものを記録した表を広げていたので、ちょっと覗いてみました。そうしたら、なんと大半の人がB型とO型。シンガポールってB、O型がこんなに多いなんて・・と思いました。

 その他の手続きを終え、2002年2月22日に夫婦揃ってPRが認可。その証明書が渡され、パスポートの後ろに判が押されました。以前押された、夫はEP(就業ビザ)、私はDP(配偶者ビザ)の部分に×がついて、PR(シンガポール永住権)を手に入れることができたのです。

 それは、私がシンガポールへ来て、約半年後のことでした。他の人の話しによると、かなりスムーズに取得できたほうみたいです。中には、最初の手続きで、認可が下りず、2回目、3回目でようやく取得できたということもあるそうです。

 有効期限は5年後。10年間シンガポールPRでいて、なにごともないと、政府のほうから、PR書き換えの時に、「シンガポール国民になりませんか?」と言われるそうです。

 来年は、いよいよ5年目。PRの書き換えをしなければなりません。また、面倒な手続きが待っている・・と、考えると疲れてしまいます。

 この時24週目で、足がかったるく、一回り大きいサイズの靴をはいていました。


・・25週目、メールで知り合った妊婦友達と会う・・

 私が習っている中国語のクラスメイト(全員が日本人で主婦)から聞く話や情報は、私が知らないこと、役立つことばかりで目から鱗でした。

 朝と夜シンガポールでは日本語のラジオ放送があるということ。月に1回日本語の無料情報誌が発行されているということ。日本の食材が手に入るスーパーが何件かあること。駅から無料シャトルバスがでていることなど。

 でも、なかなかシンガポールに住んでいる日本人妊婦と知り合うことができませんでした。それを友人に話してみたら、シンガポールのことが充実しているインターネットのサイトがあり、友達探しや、聞きたい知りたいこと、フリーマーケットなどの情報を掲載しているので、見てみるといいと薦められました。

 そこでさっそくインターネットで、そのサイトに入ったら、これにもまた驚きました。本当にシンガポールで生活する上で役に立つことが多くて・・

 お友達のコーナーではありませんでしたが、私と似た様な感じで、出産予定日が近そうな妊婦を発見。メールしてみたら、他の出産予定日が近い友達も一緒に、ということで、オーチャードで待ち合わせて会うことになりました。

 待ち合わせはオーチャードのコーヒー店。あらかじめ相手のほうから、自分の写真を添付し30週を過ぎているお腹の大きい妊婦だということで、すぐにわかるでしょう。とメールしてくれたので、すぐにわかりました。

 もう1人は、わたしよりも1ヶ月ほど予定日が遅い人でしたが、私以上にお腹がめだっていました。25週目だというのに、あまりお腹がでていない私で、なんだか気分は落ち込んでしまいましたが、30週目を過ぎると、どーんとでかくなった。足の先は見えないし、お腹が小さいほうが動きが楽だよ。と、言われ励まされました。

 日本食が恋しい日本人妊婦3人で、オーチャードの和食ランチを食べ、お茶して、楽しい時間をすごしました。この時得た情報もまた、妊婦である私にとって、知りたいこと、役に立つことばかりでした。 


・・フリーマーケット巡り・・

 3月に入ると、駐在の人達の本帰国や、別の国への転勤などが多いために、フリーマーケットがよく開かれていました。友達から、「使う期間が短いベビー用品は、フリマでゲットするのがベスト!」と言われ、最初はなんだか行く事にもドキドキしていましたが、何回か行き始めるとすっかりやみつきになり、開始時間前から列に並ぶようになりました。

 おかげで、ついつい余分なものまで買ってしまうこともありましたが、フリーマーケットでは、いろいろなベビー用品、子供の用品、ついでに自分の欲しかったものまで手にいれました。目当ての物がない時もあり、なにも購入しないという無駄足を踏むこともあったけれど、思いがけない物が安価で手に入り、運のよい時もありました。

 27週目、中国語のクラスメイトが紹介してくれた友達からベビー用品を譲り受けるために、夫とその家へ行く事になりました。彼女はすでに2人の子供がいて、下の子は2歳。もう少し前に連絡してくれたらもっとあったのに・・と言われましたが、ベビーベットや歩行器などの大型ベビー用品を気前良く譲ってくれました。

 それから、偶然にも出産する病院が同じアルバニア病院だということで、妊娠出産の体験話や、準備したほうがよいものなどをリストアップしてくれました。「ベビーバスは病院でくれるから、買う必要ないよ。」と、教えてくれましたし「いい病院だから、安心して産んで!」と励ましてもくれました。

 彼女も、私と同じように、お腹が大きくならなくて、ちょっと心配していたそうです。でも、お腹がつきでていなくても、出てきた赤ちゃんはわりと大きかったそうです。それに、「小さく産んで大きく育てるのはいいね」と言ってくれました。最近気になる抜け毛のことを話したら、シンガポールで売っているオススメのシャンプーやリンスなどを紹介してくれました。

 また、私の膝の回りが筋肉痛でつらいことや、肩こりなどの相談にものってくれました。 肩こりは、この先赤ちゃんを抱っこすることで、ますます悪化してしまう可能性が大きいと言われ、スプレー式サロンパスを薦めてくれました。

 その頃、体が重く感じたり、足がむくんで、いままで履いていた靴がはけなくなっていました。



・・日本人の母親学級・・

 28週目(8ヶ月目)からの妊婦を対象とした日本人による母親学級があるということを、妊婦友達に教えてもらったので、さっそくその講座を受講することにしました。

 場所はタングリンショッピングセンター内でした。土曜日に参加を申し込みにいくと、運良く、ちょうど担当の日本人講師がいたので、詳しく教えてもらうことができました。全5回講座でしたが、初日の日は、ちょうど中国語のレッスンがあり、受けることができなかったので、初日は次回月の妊婦さんたちと一緒に受けることになりました。

 こうして、30週目の2回目から受講。同じような妊婦さんたちがいて、もちろん日本人だったので、とても心強く感じました。先生の講義も、知らなかったこと、知りたいこと、シンガポールでお産するときに役立つ英語表現、薬の用語、その他 内容が盛りだくさんで、とてもためになる授業でした。質問にも即答してくれ、いろいろなことをとてもよく知っている先生でした。

 だんだん予定日に近づいてきたので、中国語のレッスンをやめようと思い始めました。32週目の時がきりがよく、その日を最後とすることに決めました。駐在の人で、急に帰国が決まった人がいたり、忙しいから辞める人がでたりと、最後は私を含め3人ほどになっていました。私も辞めるので、クラス存続の危機だと先生に言われましたが、仕方ありませんでした。

 この頃、私達夫婦のように、夫(中国系マレーシア)妻(日本人)で、つい1週間ほど前に女の子を出産したばかりだとう人を紹介してもらったので、早速連絡をとってみることにしました。

 彼女は2年前に、シンガポールのKKホスピタルで第一子(女の子)を出産。今回(1週間前)にイーストショアホスピタルで第二子(女の子)を出産。そのどちらの病院も、私が出産する所とは別だけれど、彼女には、出産後の手続きのこと、日本国籍かマレーシア国籍か決めて届けを出さなければいけないこと、パスポートの取得などのことなど、いろいろ教えてもらいました。



・・32週目(9ヶ月目)検診で・・

 その時連絡を取った彼女とは、良い相談相手、友達になることができました。シンガポール人と結婚した人ではなく、妻日本人、夫中華系マレーシア人という第三国同士の夫婦とは、4年経った今でも、なかなか知り合うことがなく、貴重な友人です。

 ちょうどそのころ、順調だった妊婦生活に突然変化が現れました。 32週目の検診で、胎児の成長がよくないと言われたのです。そして、月に1回だった検診が、週に2回の検診に変更になりました。1回はオーチャードの診療所、もう1回は羊水検査を受けたNUH(シンガポール国立大学病院)での検診です。

 オーチャードの先生から、胎児の羊水の量が少なすぎる。32週目の標準羊水の量とはだいぶ違うと、言われました。つまり胎児の成長がよくないということで、この状態が続くことは、胎児の命にかかわるそうです。こうして、先生からNUHへの予約レターを受け取り、指定日に行くように言われました。

 NUHでは、超音波断層装置で、胎児の頭囲、手足の長さ、推定体重、羊水量(AFI)を毎回チェックされました。1回目の胎児の推定体重は1620gで、標準よりも小さめだと言われました。

 2回目からは、「超音波ドップラー検査」という、超音波ドップラー装置をお腹の上から、赤ちゃんの心臓に近い部分に当て、胎児の心拍数の変化やリズムなどを確認する検査がありました。

 それから、出産間近に行うという「ノンストレステスト(分娩監視装置)」も受けました。これは、お腹に分娩監視装置をつけ、赤ちゃんの胎動と心拍数を観察するものでした。約20〜30分動いてはいけない、一定期間胎児の状態を観察するという検査でした。 

 この測定はとても退屈な測定でした。手の届くところに、何冊も雑誌がありました。その部屋には、同じ装置が8台ほど並んであり、お腹の大きな妊婦達が、本を読んだり、仮眠していました。


・・妊婦最後の35週目・・

 週に2回の病院通いで、お金が毎回、羽がはえたように飛んで行きました。まだ出産前だというのに、この先、金銭面でとても不安に感じるようになりました。

 でも、その後の検査結果は良好で、1回目のAFI(羊水量)は6.9。2回目のAFIは7.5。3回目のAFIは8.3。と、いうように、順調に増えて行きました。「羊水の量を増やすには、たくさん食べて、たくさん休め。」と、毎回のように医師から言われ続けました。こうして、私の体重も1週間に1キロというすごいペースで増えていきました。

 でも正直言って、これでいいのか、とても不安になりました。なぜなら、日本では、妊婦の食事に対する忠告と、体重制限がうるさいという話を聞いていたからです。友人から、妊婦用食事メニュー、カロリーなどを聞いたので、3回目〜4回目の1週間は、ちょっと実践してみることにしました。

 こうして翌週の35週目に4回目の検査をむかえました。すると、測定値(AFI値)が5.3に下がってしまったのです。これは32週目の時、はじめて測った数値が6.9だったので、今まで測定したなかでも一番低い数値です。がっくり羊水が減ってしまっていたために、NUHの医師から、「体内の胎児が危険です。すぐにでも取り出したほうがいいです」と、言われてしまいました。

 そして、その日のうちに、私の主治医であるオーチャードの産院の先生へ報告され、急遽、翌日の朝にアルバニア病院へ、入院の準備をして夫と一緒に行く事になりました。

 入院前日の夜は、入院に際しての持ち物とか、その他のことなどを友達から聞いて揃えたり、実家に電話したり、とてもバタバタしていました。

 母からは、もうすでに2週間後のシンガポール行き航空券を買ってしまっているので、いまさら変更して、日程を早めるわけにはいかないと言われてしまいました。本当に、その通りです。

 その夜は、ほとんど寝ることができないまま、朝を迎えてしまいました。


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メイナイの
シンガポールで育児
 
PART1
はじめに…
序章
結婚式までの1ヵ月
結婚式の数日前
 
結婚式の朝 
夫の家での結婚式
 
中華レストランでの披露宴

PART2
結婚披露宴 2
披露宴が終了して
妊娠発覚

日本へ帰ろう 
日本の秋は寒かった
滞在中楽しかったこと


PART3
8週目のできごと
8週目のできごと(続き)
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GPから紹介された産婦人科
シンガポールの大病院
初めての産婦人科検診

PART4
従兄弟紹介の産婦人科
産婦人科の隣 
妊婦のはまった南国フルーツ
妊娠初期の食べ物
シンガポールのクリスマス
妊娠16週目、血液検査の結果

PART5
シンガポールの大晦日
シンガポールでの元旦
1月2日、羊水検査
羊水検査の結果

旧正月直前のシンガポール
19週目、胎動を感じるようになる

PART6
両親がシンガポールに3日滞在
旧正月前のチャイナタウンとクラークキーの夜
羊水検査から6週間後の検診
チャイニーズニューイヤー
元旦と2日目


PART7
夫婦でシンガポールPRを取得
25週目、メールで知り合った妊婦友達と会う
フリーマーケット巡り
日本人の母親学級
32週目(9ヶ月目)検診で
妊婦最後の35週目

PART8
5月14日アルバニア病院へ入院
出産のための入院中
5月15日午前4時28分出産
全身麻酔による帝王切開
出産直後の1日
子供の名前

PART9
5月16日、産後1日目
授乳の量、ミルクの量と間隔
入院中
手術後の体
同室の人々
入院6日目に退院

PART10
ベビーブック
予防接種

退院と精算
日本の母の滞在
4ヵ月頃までのミルクの飲み
おむつの話

  
PART11
離乳食の話
寝返り、おすわり、つかまり立ち

赤ちゃんとの初海外旅行 NEW
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